サッカー元ブラジル代表・ロナウジーニョの知られざる逸話:幼くして始めたサッカー、最近の逮捕劇......

サッカー界の人気者
幼いころからサッカーに親しむ
愛称の由来
伝説となったナイキとの契約
FCバルセロナの復活に貢献
伝説のフリーキック
引退後は経済的に困窮
パラグアイで投獄される
さまざまな商品をバックアップ
疑惑の暗号通貨に関わってしまったことも
音楽でも才能を発揮
笑顔の由来は家族の絆
サッカー界の人気者

ファンタジックなプレーから奔放なパーソナリティまで、ロナウジーニョは常にみなの話題となってきた。そんなロナウジーニョにまつわるトリビアをふりかえってみよう。

幼いころからサッカーに親しむ

幼いころからサッカーに親しんでいたロナウジーニョだが、そのサッカー愛は父から受け継いだものだった。よちよち歩きを始めたらすぐにサッカーボールを与えられ、直ちに才能が開花、13歳の時には1試合で23ゴールを決めてニュースになっている。

愛称の由来

「ロナウジーニョ」という愛称はポルトガル語で「小さなロナウド」の意味。当時ブラジルで活躍していたロナウドが他にもいたため、区別する必要がありそう呼ばれるようになった。先達ロナウドの筆頭は同じくレジェンドのロナウド・ナザリオだ。

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伝説となったナイキとの契約

ロナウジーニョはキャリア初期にナイキとスポンサー契約を結び、自身の知名度も飛躍的に上がることになった。2005年に始まったキャンペーン「Joga Bonito(美しくプレーしよう、の意味)」はサッカー広告としていまでも語り継がれている。ロナウジーニョがリフティングしながら何度もクロスバーにボールをあてる動画を見たことがあるだろうか? キャンペーン広告として公開されたこの動画は、YouTubeで最初に100万回再生を達成した。

FCバルセロナの復活に貢献

2003年にFCバルセロナと契約した時、パリ・サンジェルマンFCに払われた移籍金は3,000万ユーロとされている。当時こそ超高額契約と見なされたものの、振り返ってみれば激安だったと言わざるを得ない。ロナウジーニョは苦境に立たされていたバルサを再びヨーロッパ屈指の名門クラブへと引き上げたのだから。

伝説のフリーキック

ロナウジーニョは2002年ワールドカップでのブラジル優勝にも大きく貢献した。準々決勝イングランド戦での伝説のフリーキックはいまでも語り草だ。はたしてあれは狙い澄ましたシュートだったのか、大きく逸れたクロスだったのか……真相はロナウジーニョにしかわからないが、とにかく美しいゴールであることだけは確かだ。

引退後は経済的に困窮

現役時代は巨額の契約金を受け取ったはずのロナウジーニョだが、引退後は経済的に追い詰められたこともある。スポーツ紙『Marca』によると、2019年には罰金や借金の未払いが重なり、ブラジル当局によって57の不動産が押収され、口座も凍結されたという。一時など口座に6ユーロしか残っていなかったという報道まで出された。かつては100億円以上の契約金を受け取っていたことを思うと信じがたい話だ。

パラグアイで投獄される

2020年にはパラグアイに偽造パスポートで入国したとして兄とともに逮捕された。奇妙な事件で、ロナウジーニョは32日間拘留されたものの、のちにホテルでの軟禁へと移った。当然ながら、拘留中は刑務所内でヒーローとなり、他の受刑者らとともにサッカーの試合を行っていたという。『Metro』紙が報じている。

さまざまな商品をバックアップ

経済的には困窮していても、ロナウジーニョは知名度を活かして様々な商品の広告を行っていた。ワインや時計に始まり、エナジードリンクやコンドームまで、広告塔になった商品はまるで自身のプレースタイルのように多彩だ。eSportsチームまでプロデュースしており、その影響力の幅広さがうかがえる。

疑惑の暗号通貨に関わってしまったことも

そしてついには暗号通貨の広告まで担うことになる。ロナウジーニョが契約した会社「18k Ronaldinho」が暗号通貨を始め、ロナウジーニョを広告に起用したのだ。だが、同社の暗号通貨はやがて顧客から集団訴訟を起こされ、ロナウジーニョも被告となって巨額の賠償金を請求されている。ロイター通信が報じている。

音楽でも才能を発揮

ロナウジーニョの才能はサッカーだけにとどまらない。音楽でもそのスキルを発揮しているのだ。引退後に音楽を始めたロナウジーニョはすでに何曲かリリースしているほか、ブラジルの人気アーティストとのコラボも実現している。

笑顔の由来は家族の絆

ロナウジーニョをロナウジーニョたらしめているのは、なによりもその満面の笑顔。いわく、その笑顔は絆の強い家庭で育ったことに起因するもので、つらいときでもなにかしらお祝い事を見つけて陽気にしていたからだという。「Sport360」にはこう語っている:「振り返ってみても、一番幸せだった瞬間を決めることなんてできない。たくさんの幸せが積み重なって、いまの自分があるんだ」

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