サッカー界アフリカ勢のスター、ディディエ・ドログバの軌跡
偉大なサッカー選手をたくさん輩出してきたアフリカ大陸。抜群のパフォーマンスで母国ばかりか世界的に知られる選手も珍しくないが、なかでも元コートジボワール代表のディディエ・ドログバは圧倒的だ。
アフリカが誇るスター選手と言えば、まっさきに名前が挙がるディディエ・ドログバ。母国コートジボワールに加え、ヨーロッパでも大きな足跡を残している。
アフリカ出身のサッカー選手にはよくあることだが、ドログバもその例にもれずフランスでデビュー。ル・マンFC、EAギャンガン、オリンピック・マルセイユを渡り歩きながらサッカー選手として成長していった。
とりわけ、オリンピック・マルセイユ在籍中には圧倒的な得点力で話題の選手となる。イングランドの名門、チェルシーFCへの足掛かりはこのときに掴んだものだ。
当時、ロシアの大富豪ロマン・アブラモヴィッチがオーナーを務めていたチェルシーFCからオファーを受けたドログバは、ジョゼ・モウリーニョ監督のもとでプレーすべくイングランドへ移籍。
一方、「スペシャル・ワン」ことモウリーニョ監督はドログバの移籍を待ちわびていた。チェルシーFC強化プロジェクトの要として大いに期待していたのだ。
「ブルーズ(チェルシーFCの愛称)」の一員となったドログバは初シーズンからチームのプレミアリーグ制覇に貢献。はやくも優勝カップを手にすることとなる。
ドログバはたちまちプレミアリーグに欠かせないフォワードと見なされるようになり、チェルシーFCも欧州を代表する強豪クラブに成長。
勢いに乗るチェルシーFCは2008年のUEFAチャンピオンズリーグで決勝進出を果たす。ところがPK戦の末、マンチェスター・ユナイテッドFCに王者の座を奪われてしまった。
とはいえ、チェルシーFCは欧州屈指の強豪クラブとして存在感を発揮したが、これは守備陣をおののかせるストライカー、ドログバの得点力があってのものだ。
チェルシーFCでドログバはリーグ優勝を3回、FAカップ優勝を4回、EFLカップ優勝を3回、FAコミュニティ・シールド優勝を2回経験する。
しかし、ドログバが最も輝かしい活躍を見せたのは2012年のチャンピオンズリーグ決勝戦だろう。FCバイエルン・ミュンヘンにリードを許して迎えた終盤にドログバが同点ゴールを決め、PK戦に持ち込んだのだ。さらに、PK戦でもしっかりと得点を決め、チェルシーFC優勝の立役者となった。
チェルシーFCのチャンピオンズリーグ初優勝といえば、PK戦で決勝弾をネットに押し込み、喜びを爆発させるドログバの姿が思い浮かぶ方も多いことだろう。
一方、2002年から2014年にかけては母国コートジボワール代表の一員としても尽力。アフリカネイションズカップでは2度の決勝進出を果たしたが、優勝は叶わなかった。
また、ドログバを擁するコートジボワール代表だったがW杯では勢いを見せることができず、2006年、2010年、2014年と3度にわたってグループステージで敗退。
チャンピオンズリーグにおける活躍の後、チェルシーFCを去ったドログバは上海申花(中国)、ガラタサライ(トルコ)を渡り歩き、2014-15シーズンには1年間だけチェルシーFCに復帰した。
その後、米国のフェニックス・ライジングFC移籍を経て引退。2021-22シーズンには仏TV局でサッカー解説者を務めたこともある。
コートジボワール代表を優勝に導くことはできなかったが、母国のヒーローとして揺るぎない地位を築き上げたディディエ・ドログバ。欧州リーグにおけるアフリカ勢の活躍を印象付けたという功績は、今後も記憶されることだろう。