ピル(経口避妊薬)の進化で女子スポーツにおける新たな可能性が拓ける
最近の研究によって、ピル(経口避妊薬)が女子アスリートにもたらす新たな薬効が判明した。なんと、筋肉が損傷するリスクを最大5分の1に抑えてくれるというのだ。
アスリートたちにとって、スポーツ中のケガは珍しいことではない。世界保健機関(WHO)いわく、アスリートたちのケガのおもな原因には不適切な体調管理や技術不足、過剰な負荷といったものがあるそうだ。
さて、『Medicine & Science in Sports & Exercise』誌に掲載された論文によれば、ピルを服用している女子アスリートは、服用していない女子アスリートや男子アスリートに比べ、腱や筋肉の損傷が大幅に少ないことが判明したという。
ここでカギとなるのは女性ホルモン(エストロゲン)だ。というのも、エストロゲンは骨や筋肉の健康状態に影響をもたらすだけではないのだ。
テキサス大学で医用生体工学を研究するルイス・ロドリゲス氏は「この発見は女性におけるケガのリスクを予防する手法につながるものであり、アスリートだけでなく一般人にも利益をもたらすことになるでしょう」と説明。
ここ数十年で、スポーツに携わる女性の数が増えたことで、女子アスリートと男子アスリートでは直面するケガのリスクに違いがあることがわかってきた。
従来の研究によって、女子アスリートは男子アスリートと比べ、前十字靱帯損傷や脳震盪、疲労骨折といったケガのリスクが高いことが知られていた。また、『ナショナルジオグラフィック』誌によれば、女子アスリートにおけるケガのリスクは月経周期の段階に応じて変化する可能性があるという。
経口避妊薬には女性ホルモンが含まれており、これがスポーツにおけるリスクを軽減する上で重要な役割を果たす。女性ホルモンには身体の状態を整えて炎症を軽減し、筋肉の持久力を高める可能性があるためだ。
テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターのヤシン・ダーハー博士が筋肉や腱に対する女性ホルモンの影響を調査したところ、経口避妊薬を使用した女性はそうでない女性と比べて、下肢の筋肉や腱を損傷するリスクが5分の1に低下することが判明したそうだ。
モンタナ州立大学でケガ予防や回復における性差を研究するホープ・ウェルヘイヴン博士いわく、「アスリートたちの多くは避妊薬を使用しています」とのこと。
前出のダーハー博士が率いる研究チームは経口避妊薬が筋肉や腱を損傷するリスクにどのような影響を与えるのか分析するため、18~39歳の女性を対象とする大規模な調査を行った。
調査の結果、経口避妊薬を使用していない女性における筋肉や腱の損傷率が2.55%だったのに対し、経口避妊薬を使用している女性では0.55%となり、およそ5倍の差があることがわかった。
ヒューストン・メソジスト病院でスポーツ医療を専門とするジリアン・ウールドリッジ博士いわく、エストロゲンのはたらきを考える上で重要なのは血中濃度に加えてその変動にも注目することだ。というのも、ホルモン濃度の変動は筋肉や腱のしなやかさに影響を与え、特定の身体運動に支障をきたす可能性があるためだ。
ウールドリッジ博士いわく:「身体は常に適応しています」運動のルーティーンを月経周期に合わせる必要はないものの、身体が発するシグナルに注意を払うのが大切だとのこと。
また、同博士によれば、ほとんどの研究によって女性は排卵前後にケガをしやすいことが示唆されているが、異論もあるそうだ。
排卵前後ではエストロゲンの血中濃度がピークに達し、筋肉や靭帯が弛緩するため、ケガのリスクが高まってしまうと考えられている。
実際、女子サッカー選手113人を対象として2021年に行われた研究では、筋肉や腱を損傷するリスクは月経周期にともなって変化し、排卵直前にもっとも高まることが示されている。
ただし、経口避妊薬には副作用のリスクもあるため、ケガの可能性を抑えられるからといってすべての女子アスリートに勧められるかと言えば、そうではない。
前出のウールドリッジ博士いわく:「経口避妊薬の服用を始める際には、そのしくみを理解しなくてはなりません」35歳以上の喫煙者や心臓病、血栓、片頭痛の患者、さらに家族がそのような病気を持っている女性の場合には副作用のリスクが高まることがあるとのこと。
また、若い女性アスリートの場合には、摂取カロリー不足によって引き起こされる「スポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)」に対処し、月経周期を整えるために経口避妊薬を使用することも珍しくない。「RED-S」は疲労骨折をはじめとするケガのリスクを高め、月経不順や無月経を引き起すばかりか、骨密度を低下させて骨折や骨粗鬆症のリスクを高めてしまうこともある症状だ。
「RED-S」に陥った女子アスリートが経口避妊薬を服用すると月経周期を整えることはできるが、体力不足や骨密度低下を改善するわけではない。とくに骨の健康については、スタンフォード大学のマイケル・フレデリクソン博士いわく、現状がさらに悪化するのを防ぐ効果しかないそうだ。しかし、同博士が主導した研究では、栄養カウンセリングによって女性ランナーにおける疲労骨折の発生率が低下することが示されている。
また、複数の研究によって、経口避妊薬を服用している若い女性アスリートはケガのリスクこそ低いものの、骨密度低下のリスクが高いことが明らかになっている。これは、「RED-S」に罹患しているにもかかわらず、その診断がなされないままピルが処方されてしまうケースによるものかもしれない。そのため、前出のウールドリッジ博士いわく:「月経不順の原因を特定するのが肝心です」
どのような薬でもそうだが、女子アスリートが経口避妊薬を使用する場合にも症状や薬効、副作用の可能性をしっかりと見極める必要があるのだ。
Sports Unlimited News をフォローして世界のスポーツをいつも手元に