ボールが2種類、いや3種類?:米国野球界で再燃したスキャンダル
2021年、『インサイダー』誌のコラムニスト、ブラッドフォード・ウィリアム・デイヴィスが、メジャーリーグ主催者が試合に2種類の異なるボールを使用していたことを暴露。野球界に衝撃が走った。
事の発端は、実績ある天体物理学者で熱心な野球ファンでもあるメレディス・ウィルズが、各スタジアムの試合で用いられていたボールを長年かけて集め、それらの違いを調査したことだった。
ウィルズは、20シーズン以上にわたる試合で用いられたボールの仕様をリバースエンジニアリングで突き止め、結果を公表したのだ。そして、それは驚きの内容だった。
ウィルズの調査で明らかになったのは、ボールの間に差異があることだけではなかった。米メジャーリーグ用の野球用品を供給しているローリングス社が、2021年のシーズン中に2種類のボールを製造していたことが判明したのだ。
結局、メジャーリーグの主催者も2種類の異なるボールが試合に用いられていたことを認めたが、コロナ禍で製造プロセスに問題が生じたためだと主張。
そして、「2021年にメジャーリーグの試合で使用された野球ボールはすべて規定された基準を満たしており、しかるべき性能を発揮しました」と述べて、ウィルズの調査に反論した。
「メジャーリーグで用いられる野球ボールは、ローリングス社がコスタリカの製造拠点で随時製造しています」
メジャーリーグの声明によれば、「通常、ボールは試合で使用される6~12ヵ月前に製造されますが、コロナ禍の影響でローリングス社は製造設備の生産力を引き下げざるを得なかったのです。その結果、供給が追い付かず、2021年のシーズン全体をカバーすることができなくなってしまいました」とされている。
ボール不足に対処するため、メジャーリーグはローリングス社が余剰在庫を各チームに出荷することを容認したのだ。
しかし、当の選手たちの反応はメジャーリーグ側の意図とは裏腹に、危機感をあらわにするものだった。『インサイダー』誌のデイヴィス記者はメジャーリーグ選手やコーチ、スカウト担当者など24人の関係者にインタビューを行ったが、大半はメジャーリーグ主催者側の対応について「驚きや不安、興味、疑い、そして苛立ち」を吐露したのだ。
匿名でインタビューに答えたスカウト担当者はデイヴィス記者に対し、「意図的なものではなかったにせよ、ボールに異物を混入したのと変わらない」と説明。
また、事件を巡る透明性の欠如から、試合の公正さを疑う声も出始めている。実際、ネット上では、メジャーリーグ主催者がリーグ戦を盛り上げるため不正に加担していたのではないかという陰謀論まで囁かれるほどだ。
デイヴィス記者は記事の中で、「メジャーリーグ主催者が特定の球場や試合に本来とは異なるボールをたくさん送りこみ、多かれ少なかれ得点の操作に関与していたとしたらどうでしょう?」と問いかけている。
そして、このような疑問を抱いたのはデイヴィス記者だけではない。あるナショナルリーグ投手はウィルズの調査に同調し、こっそり試合を操作することこそ、まさにメジャーリーグ主催者の意図するところだったのではないかとしている。
前出の投手いわく:「つまり、弾みやすいボールや軽いボールなど飛距離が出やすいものをゴールデンタイムの試合に送るわけです」さらに、2種類のボールがあるという状況は、当時問題となっていた賭け野球にメジャーリーグ主催者が関与していたことを示唆するものであり、「多額のお金が動いた」可能性があるとしている。
ただし、今のところメジャーリーグ主催者が特定のチームに特定のボールを多く送っていたという証拠は見つかっていない。とはいえ、メジャーリーグの全チームが同一のボールを使っていたわけではない、という事実だけでもファンや選手たちを困惑させるには十分だ。
この事件に関するスキャンダルは次第に下火となり、ネット上の陰謀論サイトで取り沙汰されるのみとなっていた。ところが、2022年に再び2種類のボールの存在が発覚した上、3種類目のボールがある可能性まで浮上。
2022年7月に行われたオールスターゲームの記者会見では、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドが2021年のシーズンで2種類の異なるボールが使用されていたことを再び認めるとともに、新たな製造プロセスの導入により「野球ボールのバラツキは抑えられるはずだ」と保証した。
しかし、メレディス・ウィルズが2022年シーズンの試合に用いられたボール200個を新たに分析した結果、統一球どころか実際には3種類のボールが存在すると判明する事態になった。
前シーズンでは飛びにくいボールと飛びやすいボールの2種類が用いられていたが、今回はこれらに加え、両者の中間の重さを持つ「ゴルディロックス・ボール」が見つかったのだ。
デイヴィス記者いわく:「このボールは飛びやすいボールより平均1.5グラム軽いが、飛びにくいボールより1グラム重い」
この事実が発覚したことでファンや選手たちの間に再び衝撃が走ることとなった。デイヴィス記者によれば、メジャーリーグ主催者はこの調査について、「まったく不正確であるどころか完全なる間違いだ」と反論したようだ。
では、一体何を信じたらよいのだろうか?現時点では、ボールのバラツキは意図的なものではないという主催者側の主張を鵜呑みにすることはできない。とはいえ、重さの異なるボールを利用して、誰かが試合を操作していたとは立証されていないのだ。
結局のところ、ファンとしては事の成り行きを眺めるほかなさそうだ。そして、フィラデルフィア・フィリーズのニック・カステヤノス外野手も認めている通り、事態はうやむやになろうとしている。