男子体操のエース、橋本大輝選手の軌跡:個人連覇は逃すも団体金メダルに大きく貢献
五輪における日本の「お家芸」のひとつ体操男子。常に優勝を期待される重圧をはねのけ、パリ五輪で男子団体が2大会ぶりの金メダルを手にした。そんな体操王国日本の若きエースが橋本大輝(はしもと だいき)選手(22歳)だ。
橋本選手はパリ五輪で種目別の鉄棒と個人総合の連覇を狙っていた。しかし、鉄棒では決勝に進めず、個人総合ではあん馬の落下が響き6位に終わってしまう。『読売新聞』によれば、5月に左手の中指を負傷して思うように練習ができなかったことが大きく影響したという。
同紙によれば、橋本選手は東京五輪後の3年間を問われると「しんどかったな。特に最後の2ヵ月は自信を失いかけて」と答えたという。残念ながら個人ではメダルに届かなかったが、団体優勝には大きく貢献。さらに、橋本選手のスポーツマンシップあふれる行動が全世界から称賛された。
最終種目の鉄棒で、橋本選手は会心の演技を決めた。これにより、日本チームはライバル中国に大逆転し、劇的な展開で金メダルを獲得。橋本選手の演技終了後、一気にボルテージが上がった会場からは大歓声が巻き起こった。すると橋本選手は人差し指を口に当て、観客に静寂を求めた。まだ中国の最終演技者が残っていたからだ。
そんなスポーツマンシップあふれる橋本選手は2001年8月7日生まれで、兄の影響を受け6歳の時に体操を始めた。実家が兼業農家なので幼い頃は田んぼ仕事を手伝い、30kgもある米袋をトレーニングとして運んでいたと『報知新聞』が伝えている。
『スポーツニッポン』紙によれば、高校は国内屈指のスポーツ強豪校、船橋市立船橋高等学校に進学した。そこには全国中学校大会を制した安達太一選手をはじめ、トップクラスの選手が勢ぞろいしていたため、橋本選手は当初「試合に出られないかもしれない」という不安を抱えていたという。
画像:Instagram, @hasshii_807
同紙によれば、高校の神田総監督ですら「能力があるのは分かっていたけど、ここまでパーンといくとは想像していなかった」と当時を振り返る。そんな総監督が最も評価していた点は再現力で、橋本選手は新しい技を習得すると直ぐに次の試合に投入できたという。
2019年、めきめきと上達した橋本選手は、高校3年生で世界体操競技選手権(ドイツ開催)に出場した。現役の高校生が日本代表選手となったのは、白井健三選手以来2人目の快挙だ。
小柄な選手の方が有利だとされる体操競技。橋本選手の身長は167.5cmあり、体操選手としては高すぎるという。
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『東京スポーツ』紙によれば、橋本選手は体操をはじめた頃から身長が伸びないように意図的に牛乳を飲まなかったという。さらにはこう語る:「(成長期が)ホントに止まってほしい(笑)。平行棒とか足がつきそうできつい。理想は160cm、できれば159cmがいい」
橋本選手の強さの秘密は、周囲から「無限」と称されるスタミナにある。幼少期に小児ぜんそくに悩まされていたのが嘘のように、鍛え上げられた肉体と強靭なスタミナをもつ。『スポーツニッポン』紙が報じた。
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2021年、NHK杯体操選手権の個人総合で優勝を果たした橋本選手は、東京五輪代表に選ばれた。そして、東京五輪では6種目合計88.465点を叩き出し金メダルを獲得。19歳355日での個人総合金メダルは、体操競技史上最年少の快挙だった。さらに種目別の鉄棒でも金メダルを手にする。
2022年、橋本選手は金字塔を打ち立てた。五輪に続きイギリスで開催された世界選手権でも個人総合優勝を成し遂げたのだ。個人総合で五輪と世界選手権の2つを制したのは、日本人選手ではキングと呼ばれた内村航平選手だけだった。
「史上最高の体操選手」と称されるのが、元日本代表の内村航平選手だ。4回出場した五輪で、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得し、世界選手権を6連覇、国内外の大会で40連勝という前人未到の成績を残している。そんな体操界のレジェンドと比べられる重圧と葛藤を、橋本選手はNHK「スポーツxヒューマン 終わりなき王者の探求~体操 橋本大輝~」で語っている。
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同番組によれば、橋本選手は複雑な思いを抱えていたという:「僕の前にいつも内村さんの名前が入る。『内村以来』と書かれるのは、正直複雑......僕が何連勝しても、前人未到にはならない」
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しかし、世界選手権を制した頃から心境に変化が現れたという:「......航平さんを目標にする選手もたくさんいると思いますけど......航平さんは本当すごいなと思いながらも、『やっぱり一番は自分を超えていかなきゃいけないんだ』と思いました」
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同番組で内村選手は「俺は俺だし、大輝は大輝だから」とし、あまり比べないで欲しいと語った。そして「(パリ五輪は)もう周りとか、日本のためとか、もうそういうの取っ払って、自分のためだけ120パーセント頑張れ」とアドバイスした。
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『Number』誌によれば、橋本選手はオープンな性格で、世界のライバルたちとコミュニケーションを取ることにも積極的。インタビューのお手本にしているのは元サッカー日本代表の本田圭佑選手で「簡単な英語を組み合わせて話していると聞いたので、僕も簡単な英語を覚えて少しずつやっていこうと。新たな挑戦です」と語っているのだそう。
パリ五輪の個人総合で、橋本選手は6位に沈むも、チーム最年少の岡慎之介選手(20歳)が金メダルを手にした。これにより、日本勢による4大会連続での金メダル獲得となり、お家芸の威厳を保った。
『読売新聞』によれば、岡選手について問われると橋本選手は「国内から競争レベルが高くなって、どんどん日本の体操が強くなるという新しい未来が見えた......一緒に戦えるように、僕が鍛えなおしていきたい」と答えたという。日本の若きエースが見据える先は、既に4年後のロサンゼルス五輪だ。