棋士藤井聡太、八冠への歩み
2023年10月11日、第71期王座戦の第4局、タイトルホルダーの永瀬拓矢(ながせ・たくや:1992年生まれ、神奈川県)王座が138手をもって投了した。
この一報は将棋ファンにとってはもちろん、将棋にそれほど詳しくない人にも世紀の大ニュースとして迎えられた。将棋界には現在8つのタイトルがあるが、そのすべてを独占する棋士が初めて誕生したのである。
藤井聡太(ふじい・そうた)は2002年7月19日、愛知県瀬戸市に生まれた。5歳で祖母から将棋のルールを教わり、はじめは祖父と指していたが、やがて近所の子供向け将棋教室に入る。
2012年、10歳のときに「奨励会」に入会を果たす。奨励会とはプロ棋士養成機関であり、東京と大阪に二つあるが(千駄ヶ谷の将棋会館と大阪の関西将棋会館)、藤井が所属したのは大阪の関西奨励会だった。
2016年にプロ入りを果たしたとき、藤井聡太は14歳2ヶ月だった。これは現時点での史上最年少記録である。藤井によって塗り替えられるまで、加藤一二三(かとう・ひふみ:1940年生まれ、福岡県)が1954年に打ち立てた14歳7ヶ月が最年少記録だった。
そのような縁も手伝ってか、藤井聡太はデビュー戦で、現役最年長棋士であった加藤一二三と対局することになる。60歳以上も歳が離れた対局は、それじたいが記録的な出来事だった。
大先輩にあたる加藤一二三との対局を勝利で飾り、そこから怒涛の29連勝が始まった。これは公式戦の最多連勝記録である。2017年7月に佐々木勇気(ささき・ゆうき:1994年、ジュネーヴ生まれ)が藤井の30連勝を阻んだときには、佐々木のほうに世間の注目がにわかに集まるほどだった。
藤井聡太の初タイトルは、2020年度の第91期棋聖戦によってもたらされた。棋聖戦は、日本将棋連盟HPによると、全棋士と女流棋士2名が参加し、一次予選・二次予選をトーナメントで行い、その勝ち上がり者とシード棋士で決勝トーナメントを行う棋戦である。当時17歳の藤井はタイトルホルダーの渡辺明(わたなべ・あきら:1984年生まれ、東京)に挑み、タイトルを奪取した。翌年度も同じ顔合わせとなり藤井が勝利、さらに翌年は永瀬拓矢を破って防衛、第94期は佐々木大地(ささき・だいち:1995年、長崎県出身)を3勝1敗で下している。
「棋聖」の次に獲得したのは、「王位」のタイトルだった。王位戦は、全棋士と女流棋士2名で行われる棋戦で、予選と本戦リーグによって挑戦者を選出する。藤井は2021年度の第62期王位戦でタイトルホルダーの豊島将之(とよしま・まさゆき:1990年生まれ、愛知県出身)を4勝1敗で破り王位を奪取し、二冠となる。第63期は挑戦者の豊島将之を、第64期は佐々木大地をしりぞけている。
叡王(えいおう)戦でもタイトルホルダーの豊島将之を破り、三冠を達成。叡王戦は比較的歴史が浅く、2017年からタイトル戦として認められるようになった棋戦だ。藤井は現在3連覇中。
次は「竜王」のタイトル。将棋界に現在8つあるタイトルのなかでも、「竜王」と「名人」のタイトルは格が高く、特別な意味合いを持っている。2021年度の第34期竜王戦で藤井はタイトルホルダーの豊島に挑戦し、4連勝で竜王を奪取した。次の第35期では挑戦者の広瀬章人(ひろせ・あきと:1987年生まれ、北海道)を下した。第36期は2023年11月1日現在、タイトル防衛をかけて7番勝負を第3局まで戦っており、藤井聡太は3連勝で防衛に王手をかけている。
5冠目となったのは「王将」のタイトルだった。第71期王将戦で挑戦者となった藤井は、2022年2月に東京都で行われた第4局でタイトルホルダーの渡辺明を破り、4勝0敗でタイトル奪取を果たす。第72期王将戦では、挑戦者に羽生善治(はぶ・よしはる:1970年生まれ、埼玉県出身)を迎え、4勝2敗で防衛に成功している。
次は棋王戦。「棋王」のタイトルは10期連続で渡辺明が保持していたが、2023年3月19日、第48期棋王戦第4局の結果、新しい棋王が誕生した。
そして「名人」のタイトル。名人戦はタイトル戦のなかでも最も伝統のある棋戦であり、将棋界のメジャーリーグ中のメジャーリーグにあたるA級に所属する10名の棋士の総当たり戦(A級順位戦)で優勝したものが、名人への挑戦権を手にする。したがって、名人になるにはまずA級棋士にならなければならない。
プロ棋士は、フリークラスという例外はあるものの、A級からC級2組まで5つのクラスに分けられている。藤井聡太がA級昇格を決めたのは2022年3月9日のことだった。B級1組の総当たり戦の最終戦で佐々木勇気を下し、10勝2敗の成績をおさめ、そのクラスの1位になったのだ(B級1組の成績上位者2名がA級に昇級できる)。
その3ヶ月後、将棋界のトップに君臨するA級棋士10人による総当たり戦が始まった(A級順位戦)。繰り返しになるが、この優勝者が名人への挑戦者になれる。結果、藤井聡太と広瀬章人が7勝2敗でならび、名人への挑戦権はプレーオフで決せられることになった。プレーオフで藤井は広瀬に勝利したのだ。
晴れて挑戦権を獲得した藤井は、タイトルホルダーの渡辺明を4勝1敗で破り、2023年6月1日、20歳10ヶ月で史上最年少の名人となった。
そして2023年10月、永瀬拓也から「王座」のタイトルを奪取することにより、藤井聡太は全冠制覇を成し遂げた。全タイトルの制覇は、1996年2月に羽生善治が谷川浩司(たにがわ・こうじ:1962年生まれ、兵庫県出身)から王将のタイトルを奪取して7冠となって以来、27年ぶりの偉業である。
だが、藤井の言葉を借りるなら、将棋というのはとても奥が深いゲームで、どこが頂上なのかさえ、ぼんやりとすら見えていないという。もちろん、将棋界におけるAIの急速な広がりも見逃せない。最近ではプロ棋士がAIを研究ツールとして取り入れており、思いもよらぬ指し手が候補にあがったり、古典的な戦型がふたたび取り上げられることもある。棋士たちがつむぐ盤上の物語はまだまだ続くのだ。