総合格闘家ロマン・ドリーゼ、キャリア最大の挑戦を前にウクライナでトレーニング
人生における壁にぶつかったとき、よく言われるのは「原点に帰ろう」ということだ。けれども、総合格闘家ロマン・ドリーゼにとって、それはもっとも危険な決断だったと言えるかもしれない。
ジョージア出身のドリーゼは成人後の半生のほとんどをウクライナで過ごしている。経営学・経済学の修士号を取得したのち、黒海に面した港湾都市オデッサで総合格闘技にのめり込み、スキルを磨いたのだ。
格闘技への情熱を胸に秘めたドリーゼはオデッサ市内に総合格闘技(MMA)のジムを開設。これによって、総合格闘家としての道を邁進することとなった。
2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったとき、ドリーゼは選手としてのキャリアに専念するためジムをすでに閉鎖していた。けれども、オデッサ市への愛着は深く、ロンドンで行われる大会「UFC 286」に先立って、1月にオデッサに舞い戻っている。
ウクライナに戻るというドリーゼの決断は、格闘家としての原点に立ち返るという意味を持っていた。
BBC放送は、ドリーゼの「私にとってすべてはウクライナでスタートした。MMAへ第一歩を踏み出したのもウクライナだったんだ」というコメントを報道。
ウクライナに帰還したドリーゼは自身のトレーニングのみならず、以前の教え子たちを相手にグラップリング(格闘技の一種)のセミナーを開講。とはいえ、オデッサは公式には交戦区域になっており、いまでは辿り着くのも簡単ではない。
以前ならジョージア発ウクライナ行のフライトを予約するだけで、家族や友人のもとを訪れることができたドリーゼ。しかし、BBC放送によれば今回はまず飛行機でトルコに向かい、続いてモルドバ、その後、自動車でウクライナとの国境に向かわなくてはならなかったという。
ドリーゼいわく:「国境を超えるのはかなり大変だ。『なぜ?何しに来た?』といった質問の嵐さ」
しかし、問題はそれだけではなかった。入国を許可されたドリーゼを待ち受けていたのは、以前とは様変わりした真っ暗なオデッサの街だったのだ。いわく:「街に明かりがないのが大問題。午後11時以降は外出できないんだ」
「生徒たちがトレーニングに励む夕方、明かりはないよ。でも、みんなできる限り充実した生活を送ろうとしている」
電力や明かりなしのトレーニングは理想的とは言い難い。しかし、母国や将来のために犠牲を払う友人たちを目の当たりにしたドリーゼは、ロンドンでの挑戦を前に大きな勇気をもらったはずだ。
BBC放送のインタビューに対しドリーゼは、「人間は面白い生きものだ。どんな状況にもすぐ慣れてしまうんだから。生活が一変すると、最初はどうしていいかわからない。でも、しばらくすると何とかしてしまうのさ」とコメント。「戦場に向かった友人もたくさんいるよ。この状況はとても悲惨だ。戦争で死ぬのはいつも良い人たちなんだ」としている。
ミドル級ランキング4位のイタリア人選手、マーヴィン・ヴェットーリとの対戦を前に「これは私にとって重大な闘いだ」と胸のうちを明かしたドリーゼ。
さらに、「私たちには違った強みがある。ヴェットーリは体格がよくて長所も多いが、私にだって別の取柄がある。あまり多くを語っても仕方ないさ。いつも言っている通り、試合を見ればわかるはず。ベストを尽くす準備はいつだってできているよ」とコメント。
しかし、3月18日に行われた試合の結果、ドリーゼは0対3で判定負けを喫してしまった。とはいえ、UFCデビュー後まだ日の浅いドリーゼのこと、今後の活躍がますます期待される。