英プレミアリーグの各クラブで「嫌われ者」となってしまった選手たち
英プレミアリーグの各クラブには、パフォーマンスの低さや高額な給与、ライバルクラブへの移籍などでチーム関係者やファンの間で「嫌われ者」となってしまった選手が存在する。
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これらの選手は、練習への参加態度や、自己中心的なプレースタイル、金銭問題などさまざまな理由で悪印象を残してしまった。ここでは、英プレミアリーグのそれぞれのクラブで「嫌われ者」となった選手について見ていこう。
アデバヨールはアーセナルで100試合以上に出場したが、2009年に同じプレミアリーグの強豪マンチェスター・シティに移籍。その後、アーセナルとの古巣対戦でゴールを決めたアデバヨールは、ピッチの反対側のアーセナルサポーターの目の前まで走り、盛大にゴールセレブレーションを行った。この行動がアーセナルファンの怒りを買うことになってしまった。
2015年にアストン・ヴィラに加入したジョリオン・レスコットは、ディフェンスリーダーとしての役割を期待されていたが、思うようなパフォーマンスを発揮できず。クラブの29年ぶりの降格の原因として槍玉に挙げられてしまった。さらに、リヴァプールに0-6で敗れた直後、SNSに高級車の写真を投稿したことでファンから強い批判を浴びた。
ボーンマスは団結力が強いクラブで、「嫌われ者」とされるような選手はほとんどいない。強いて挙げれば、2013年にローンで獲得したマルコス・ペインターだろう。プレミアリーグのレベルに適応できず、わずか2試合の出場にとどまった。
ブレントフォードの中心選手として活躍していたジェームズ・ターコウスキー。しかし、バーンリーが自身の獲得に興味を示していることを知った同選手は、バーンリーと対戦した際にプレーすることを拒否。ファンから「裏切り者」として非難された。その後、チームでの練習をストライキし、バーンリー移籍を強行したことで「嫌われ者」になってしまった。
グレン・マレーはブライトン史上最高のストライカーの一人。287試合に出場し、111ゴールという素晴らしい記録を残している。しかし、2011年にブライトンの最大のライバルであるクリスタル・パレスに移籍。これが裏切り行為として、ファンから批判を浴びた。しかし、マレーはブライトンを離れてからも活躍し、パレスのプレミアリーグ昇格に貢献している。
チェルシーで守護神として活躍し、現在はレアル・マドリードで正ゴールキーパーを務めるティボー・クルトワ。レアル・マドリードへの移籍を希望していた同選手は、レアル・マドリードこそが「世界最高のクラブ」と公言し、チェルシーのプレシーズントレーニングへの出席を拒否。この騒動が原因で、チェルシーファンから目の敵にされてしまった。
ミルウォールFCでキャリアをスタートしたニール・ラドックは、2000年にロンドン郊外の同じ地域のライバルクラブであるクリスタル・パレスに加入。このような事情から、ラドックは不調の度にファンから非難されることになった。さらに、ラドック自身も不用意なプレーや退場を重ねたことで、完全に「嫌われ者」になってしまった。
エヴァートンにとって最大のライバルであるリヴァプールへの移籍は、ファンから重大な裏切り行為と見做されている。特にチームのスター選手だったニック・バーンビーは、他のチームを経由せず、直接リヴァプールに移籍し、裏切り者扱いを受けることになった。
2014年1月にフラムに加入したミトログルー。ギリシャ代表の経験もある同選手だが、怪我の影響もあり、わずか3試合の出場にとどまった。しかし、その後ベンフィカに移籍し、60試合で36ゴールと大活躍を果たしたことで、フラムのファンからさらに怒りを買うことになってしまった。
1980年代後半にイプスウィッチ・タウンに在籍したグラハム・ハービーは、在籍2シーズンで59試合に出場して1ゴールを決めた。しかし、イプスウィッチのファンは、そのパフォーマンスを不満に思っており、獲得は失敗だったと見做されている。
デニス・ワイズがレスター・シティに在籍したのは短期間だったが、最悪の印象を残してしまった。加入直後のプレシーズンで、ワイズはチームメイトのカラム・デイビッドソンと喧嘩になり、その鼻を骨折させた。事態を重く見たレスターは契約を破棄。ワイズはクラブを提訴したが、訴えは認められなかった。
2002年にリヴァプールに加入したディウフは、チームを優勝に導く活躍が期待されていたが、得点力不足と傍若無人な態度でファンから嫌われてしまった。同選手は、チームの絶対的支柱だったスティーブン・ジェラードと頻繁に衝突し、チームに不和をもたらしたことで批判を浴びた。
バンジャマン・メンディは2017年に世界最高額の移籍金でマンチェスター・シティに移籍。しかし、約4年間の在籍で50試合出場にとどまり、2021年には性的犯罪で逮捕された。ピッチ内外での振る舞いにより、シティのファンから現在でも目の敵にされているようだ。
カルロス・テベスはマンチェスター・ユナイテッドに在籍した2年間で素晴らしい活躍を見せていた。当時はディミタール・ベルバトフやウェイン・ルーニーといったスター選手より多くの試合に出場していたが、さらなる出場時間を求めてライバルのマンチェスター・シティに移籍。この移籍が裏切り行為とされ、ファンから強い非難を浴びた。
2005年、ニューカッスル・ユナイテッドはレアル・マドリードからチーム最高額となる移籍金でマイケル・オーウェンを獲得したが、クラブは降格。オーウェン自身もニューカッスル加入をキャリアの汚点と公言して憚らなかったため、ファンから恨まれることになってしまった。
デイヴィッド・プラットはノッティンガム・フォレストの選手兼監督を務めていた。しかし、ピッチ上で目立った活躍は果たせず、監督としてもチームを勝利に導くことはできなかった。数百万ドルを費やして獲得した選手はチームにフィットせず、主力選手からの信頼も失ったことでファンから批判された。
デヤン・ロヴレンはサウサンプトンで素晴らしい活躍を見せていたが、リヴァプール移籍を強行するためにサウサンプトンでのプレーを拒否。最終的にクラブは短期間でロヴレンを放出している。これにより、サウサンプトンのファンからは強い反感を買うことになった。
ソル・キャンベルは2001年にトッテナムを離れ、宿敵アーセナルに移籍。この禁断の移籍により、トッテナムファンから裏切り者として扱われることに。スパーズを離れるつもりはないと宣言してから短期間でアーセナルに移籍したため、余計に批判を浴びることになった。
サッカー専門メディア「90Mins」 によると、ポール・インスは1980年代後半にウェストハムのアカデミーで育ったが、クラブはプレミアリーグから降格。インスは1989年にウェストハムで1試合に出場したが、トップチームと契約成立する前にマンチェスター・ユナイテッドに移籍。結果的に裏切り者の烙印を押されることになってしまった。
アンリ・カメラはウルブスでの最初のシーズンで素晴らしい活躍を見せ、2003/04シーズンの最優秀選手賞を受賞。しかし、セルティックへの移籍を強行するためにウルブスでのプレーを拒否し、ファンから批判を浴びることになってしまった。