消えたサッカー北朝鮮代表のフォワード、韓光成(ハン・グァンソン
欧州5大サッカーリーグの1つセリエAでプレーし、得点を挙げた初の北朝鮮選手となった韓光成(ハン・グァンソン)。ユヴェントスFCからカタールリーグのアル・ドゥハイルSCへ移籍し活躍を見せていたが、2020年にサッカー界から忽然と姿を消してしまった。
期待の若手ストライカーとして順調にキャリアを積み上げていたが、国連による制裁措置や北朝鮮の厳格な新型コロナウイルス対策を受け、飛行機でローマに向かったとされる。しかし、その後の消息は不明だ。
国連安全保障理事会は海外で働く北朝鮮国民によって母国に送金される海外資金が、金正恩総書記の進める核開発の資金源になっているおそれがあるとして、北朝鮮国籍の海外労働者を送還する措置を発動。
しかし、北朝鮮は新型コロナウイルス対策として国境を完全に封鎖したため、韓光成は帰国することができなくなってしまう。そのため、国連安全保障理事会による制裁措置にしたがって2021年にカタールを出国したものの、そのまま行方がわからなくなってしまった。
1998年に平壌で誕生した韓光成。平壌国際サッカー学校に入学したこと以外、子供時代に関する情報はほとんど知られていない。
平壌国際サッカー学校は、同国におけるサッカーの発展を図る金正恩総書記の肝いりで設立された学校だ。孤立を深める北朝鮮にとってスポーツは数少ない世界への窓口なのだ。
金正恩総書記はスポーツが世界中の人々を結びつけることを利用し、自国のイメージを改善しようとしている。
たとえば、2018年平昌オリンピックの開会式では、韓国と北朝鮮の選手団が統一旗の下ともに入場したことが挙げられる。
サッカー北朝鮮代表で監督を務めたこともあるヨルン・アンデルセンいわく:「(北朝鮮では)あらゆるスポーツが人気です。オリンピックや世界各地で行われるサッカーの試合を観戦しています」
CNN放送のインタビューの中でアンデルセン元監督は、「地元のTVチャンネルは欧州サッカーの試合を週に何度か放映していました。生放送ではありませんでしたが。ブンデスリーガやラ・リーガ、セリエA、プレミアリーグなどをそれぞれ放映するチャンネルがあるんです。多くの人々が観ていたと思います」としている。
平壌国際サッカー学校は同校で学ぶ選手の卵30人を欧州に派遣。14人がスペイン、15人がイタリアのクラブで本場のサッカーを経験することとなった。しかし、中でもとりわけ目立っていたのは韓光成だったという。
これを受け、北朝鮮は韓光成を自国のイメージ改善を図るプロパガンダに利用しはじめた。平壌市民が彼を称賛する動画なども流れ、北朝鮮屈指のサクセスストーリーとして知られるようになったのだ。
2015年、イタリアのサッカー学校「ISMアカデミー」にスカウトされた韓光成は、同じく北朝鮮出身の崔成赫(チェ・ソンヒョク)とともにペルージャに向かった。
ISMアカデミーはウェブサイト上で韓光成をとりあげ、プロサッカー界で成功を収めた同校出身者として誇らしげに紹介している。実際、北朝鮮出身のサッカー選手が欧州でプレーするのは前代未聞だった。
韓光成はカリアリ・カルチョに入団することとなるが、U-19コーチだったマックス・カンツィは当時のことをこう振り返っている:「その土曜日は大事な試合があったので、私は少しイライラしていました」そのため、カンツィ監督は韓光成と面会するつもりはなかったようだ。
「ともあれ、彼はトレーニングをはじめました。20分後、私はアシスタントコーチに向かってこう言いました。『来るように伝えてくれ。なに、ちょっと用があるのさ。あいつ上手すぎるんだよ』」
けれども、北朝鮮に対する制裁措置がハードルとなり契約にこぎ着けるのは容易ではなかったようだ。それでも、2017年にはなんとか入団を果たすことができた。
韓光成は初試合でゴールを決めるという鮮烈なデビューを果たす。ヨーロッパ5大リーグでゴールを決めた北朝鮮選手は彼がはじめてだ。
2018年には、試合後のインタビューで「ここカリャリではみんな私に親切にしてくれます。とてもアットホームです」とコメント。
2020年、「ヴェッキア・シニョーラ(貴婦人、ユヴェントスFCの愛称)」が374万ドルの移籍金をひっさげ韓光成の獲得に動く。ユヴェントスFCという強豪クラブから声をかけられたことは、韓光成にとってまさに転機だったと言えるだろう。
韓光成は、「長い道のりでした。ユヴェントスFCのユニフォームという強豪のユニフォームを北朝鮮人選手としてはじめて身に付け、セリエAで初ゴールを決めることができたんです。ようやく夢を叶えることができました」と投稿。
その後、ユヴェントスFCからカタールのアル・ドゥハイルSCに移籍。契約金は総額770万ドルあまりに上ったという。ところが、プロサッカー選手として世界で活躍するという韓光成の夢は長続きしなかった。
北朝鮮の核実験を受け、国連安全保障理事会は制裁措置を発動。北朝鮮国籍の海外労働者は例外なく母国に送還されることになってしまったのだ。
アル・ドゥハイルSCで活躍を見せた韓光成だが、その資金が北朝鮮の外貨獲得手段として利用されてしまうおそれがあった。そこで、カタールの銀行は韓光成に対し「いかなる場合も北朝鮮には送金しない」という条件を課したという。
韓光成とともにイタリアに渡った崔成赫も同様の疑惑から逃れることはできなかった。同選手の年俸が金正恩政権によって接収されている可能性を懸念したイタリア議会が調査を開始したのだ。
結局、2020年を最後に韓光成がプレーする姿をファンが目にすることはなくなってしまった。そればかりか、現在に至るまで消息も知られていない。